[大学のグローカルESD]​ 研究の背景と目的

Background & Aims

​研究の背景と目的

1.学術的背景

大学のグローバル人材育成とESD

近年、大学教育において「グローバル人材育成」の取組が急激に広がった。その人材と教育のあり方については様々な議論があるが、資源の枯渇、大量の廃棄物、貧困や格差といった複雑に絡み合う課題を抱え、「このままでは持続不可能」な状況にあるグローバル社会の現実を考えれば、国の経済を担う人材育成という認識を越えて、国境を越えた協働によりグローバル社会の課題を解決し、持続可能な世界をともに築くことのできる人を育てる「ESD(Education for Sustainable Development:持続可能な開発のための教育)」としての実現が求められる。

「持続可能性」「持続可能な開発」の概念は1980年代以降国際社会の注目を集め、大学はその実現へ向けた主要拠点として期待されてきた(Corcoran and Wals (Eds) 2004 Higher Education and the Challenge of Sustainability)。特に1990年代以降は持続可能性へ向けた「教育」の役割が重視され、2005年から「国連ESDの10年」が実施される中、大学教育にもESDとしての再構築が求められてきた。日本でも「ESDの10年」国内実施計画において大学のESDが重視され実践が広がったが、一方でこれら実践を評価検討する研究は不十分であることが指摘されてきた(野村ら2010『環境教育』20(1))。「ESDの10年」終了を機に、その間の総括と今後へ向けた課題検討がおこなわれたが、大学のESDは依然限定的取組に過ぎないという現実がある(Tilbury 2012, Global University Network for Innovation (ed.) Higher Education in the World 4)。

ESDにおけるレジリアンス概念の重要性

一方、近年、気候変動により増加・激化する気象災害や、大地震・津波といった自然災害に対し、人間社会が向き合い生き抜く力として「レジリアンス(Resilience)」(外部からのストレスを吸収し、変化を予知・認知して不可逆的悪影響を防ぎ、変化に適応し、柔軟に回復する力(Haimes 2009, Risk Analysis 29(4))が注目を集める。本来レジリアンスは、社会福祉学や心理学における個人的文脈と、生態学やリスク解析学におけるシステム的文脈の中でそれぞれ議論されてきた概念だが、90年代以降は「社会-生態システム」、即ち社会システムと生態システムが相互に関わり変化する複雑適応系における議論が発展し、システムの多様性と冗長性がレジリアンスにつながると論じられてきた(降旗・二ノ宮リム・野口・小堀2013『環境教育』22(2))。こうしたレジリアンス概念は、「環境収容力の限界を超えない」という点から解釈されてきた持続可能性概念に対し、重要な視点を提起すると指摘され(上柿2007『環境思想・教育研究』1)、災害のみならずグローバル化のもと生じる様々な変化に対応する力としても重要であるといえる。

レジリアンスを環境教育やESDにより促す重要性と可能性については、2008年ごろから国際的な議論が広がり始めた(Krasnyら 2010 Enviornmental Education Research, 16(5-6))。国内では、特に東日本大震災後、自然と人間社会が相互に関係し変化する状況と、災害を生き抜く力の必要性が強く認識され、個人と社会-生態システムのレジリアンスが注目されるべき状況にあるが、ESDや環境教育によるレジリアンス育成に関する研究は、下記取組をはじめごく少数の萌芽的試みがあるのみである。

大学のESD実現へ向けた「現場体験型教育」の意義

私(二ノ宮リムさち)はこれまで、大学のESD実現へ向けた現場体験型教育の可能性に着目し、特に文部科学省が「ESDの10年」における重点的取組として実施した国際環境人材育成事業における事例研究を中心に、現場体験の意義と課題の検討に取り組んできた(2013~2014年度科学研究費挑戦的萌芽研究:大学の環境人材育成における現場体験に関する実践研究―レジリアンス育成とアンラーン)。その結果、現場体験は認識面のみならず感情面、社会面を含む統合的な学習を実現する可能性をもち、ESDとしての現場体験には、「『現場』を『持続可能な社会へ向けて行動する場』ととらえる視点」「体験する『現場』と自身の『現場』の相違性・共通性・関連性への着目」等が求められること(二ノ宮リム2013『共生社会システム研究』第7巻)、各学習者と現場の「文脈」に位置づく学びを展開しながら「アンラーン(unlearn・学びほぐし)」のプロセスを通じて科学知にもとづく専門教育と「ローカルな知」にもとづく現場体験を融合することがESDの実現につながることを示した(二ノ宮リム2014『自然体験学習実践研究』2(1))。また、大学のESD進展には「『地域』の多様性と関連性への認識」「分野と国境を越えた学びあいの促進による『価値観』の創造」等が鍵となることも確認した(二ノ宮リム2014『環境教育』24(2))。

これら成果を土台に検討事例や聞取り対象を広げ、レジリアンスを育てるESDとしての大学の現場体験型教育の可能性とあり方を、より一般化した議論として展開し、ESDの発展へつなげる必要がある。

2.本研究の目的(研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするか)

以上を背景に、本研究では、持続可能性とレジリアンスを支えるESDとしての現場体験型教育が、大学教育においてどのような可能性と課題を示すかを検討し、大学の「グローカルESD」の実践モデルを構築することを目的とした。

検討にあたっては、「学生が身をおく国内外の場を『持続可能性へ向けた行動の現場』と認識し、ローカル・グローバル双方の視野から課題をとらえ、学びあいと協働に参画していくことにより、持続可能でレジリアントな世界をともに築く人と地域を育てる「グローカルESD」が実現する」という仮説をもとに、事例について、学生や修了生、教員、関係者への聞取りや参与観察等を通じて批判的にふりかえりながら検証を行った。その結果示された可能性や課題について国内外の議論を踏まえて考察しながら、大学のグローカルESD実践モデルを実践と研究から示し、大学におけるESDの主流化を促す一つの方策とすることを目指してきた。

3.本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義​

本研究の特色は、まず第一に、大学教育において、持続可能性とレジリアンスを育むESDとしてのあり方が求められるという議論を提示することにある。

また、第二に、そうした議論にもとづく実践研究に取り組むうえで、学生が身をおく場を「持続可能性へ向けた行動の現場」ととらえる「現場体験型教育」の概念を示し、グローバルとローカル双方の視点とそれらをつなぐ学びあい・協働の意義や、実現へ向けた課題を検討しようとすることも、独創的な点である。

さらに、上記の検討・考察を通じ、グローカルESD実践モデルの構築を目指すことが本研究の最大の特色である。

国内では依然、大学のESDに関する実践研究自体が不足しているが、特に個人と社会―生態系システムのレジリアンスを育成するESDという観点から国内の大学教育を検討する研究はこれまでほとんど例がなく、また大学教育における「現場体験」の意味に着目する議論も限定的であった。これまで取り組んできた大学の国際環境人材育成における事例研究からは、現場体験型教育が持続可能性やレジリアンスにつながる力を生み出す可能性と、既存の大学教育においてそれを実現するための様々な課題が提示されつつあるが、本研究では今後の大学のESDのあり方に重要な視点と可能性を提示するとともに、広く応用可能なESD実践モデル構築につなげる。それにより、「ESDの10年」において成し得なかった大学におけるESDの主流化を促すことを目指している。