[対話の力を育む] 研究の背景と目的

Background & Aims

1.本研究の学術的背景と「問い」

大学教育への期待:アクティブ・ラーニングを通じた
主体的市民の育成

昨今、大学教育における「アクティブ・ラーニング」に関する議論や実践が急速に広がっている。背景には、大学教育の役割として、社会を主体的に創造する「市民」を育むことへの期待が高まり、そのためには能動的・主体的学修を促す教育が不可欠だと考えられるようになったことがある(二ノ宮リム・佐野 2017)。ディスカッションやグループワーク等の多様な参加型学習方式による「『アクティブ』を積極的にとらえる」実践が「認知的、倫理的、社会的能力を引き出す」ものとして期待される(溝上 2015「アクティブラーニング論から見たディープ・アクティブラーニング」)一方で、大学教育におけるアクティブ・ラーニングを真に意義ある学びにつなげるには、外的活動のみならず内的活動における能動性を通じ、学生の「深い学習」「深い理解」「深い関与」を実現することが重要だと指摘されている(松下 編 2015『ディープ・アクティブラーニング―大学授業を深化させるために』)。

道標としての「持続可能性」と「レジリアンス」

大学が社会を創造する「市民」を育成するなかでは、学生自らが、目指す社会のビジョンを主体的に検討していくことが重要となるが(二ノ宮リム・佐野 2017)、その道標となる概念として「持続可能性」と「レジリアンス」に着目したい。


持続可能性」は、1980年代から国際的に議論され、現代社会の目指すべき方向性を示す鍵として広く共有されてきた概念だ。経済、環境、社会が調和し「だれ一人取り残さない」発展の実現へ向けた世界共通の目標を示す「持続可能な開発目標(SDGs)」が2016年より始動し、社会の軸としての「持続可能性」が改めて注目されている。また「レジリアンス」は、頻発する自然災害や、急激に進む社会変化のなかで、社会が攪乱から回復し状況に適応しながら持続していくために必要な力として、近年注目を集める概念である。17もの多様な目標を含むSDGsが示すとおり、「持続可能性」を社会や経済の視点を含む包括的な概念ととらえる理解が広がりつつあるが、その発展過程の中では「環境収容力の限界を超えない・狭めない」という点が強調されてきた。「レジリアンス」概念は「システムの変化による不可逆的悪影響を防ぎつつ、柔軟に回復・発展する」という視点を提起することで「持続可能性」概念を補完し(上柿 2007「『社会-生態システム』論と公共圏」)、社会的排除の問題をより意識的に視野に入れた検討の契機を与える(Ninomiya-Lim et.al 2017; 降旗・二ノ宮リム他 2013)。

「持続可能性とレジリアンス」を軸にした対話

:アクティブ・ラーニングとしての可能性

「持続可能性」と「レジリアンス」は、多様な価値観にもとづく様々な、時に対立する解釈を許す曖昧な概念でもある。現実の課題を取り巻く対立を乗り越え、「持続可能でレジリアントな社会」のビジョンを具体化する過程は、重要な学習の機会となり得るが、しばしば「中立」が重視される教育現場では、その過程に生ずる異なる価値観や立場の衝突を避けるため、本来向き合わねばならない対立は放置される、または隠されるという事態も起きる。


主体的市民を育むためには、多様な見方や意見の間の対話・相互作用を通じた学習が不可欠であることが、先行研究の中で指摘されている(Wals & Jickling 2002 “‘Sustainability’ in higher education: From doublethink and newspeak to critical thinking and meaningful learning”等)。「持続可能性」と「レジリアンス」を取り巻く異なる価値観の間の対話を軸に、学生が主体的市民としての力を得る学びは、大学教育における「深い学習」を伴うアクティブ・ラーニングのひとつの具体像となり得る。特に、政治、宗教、経済的立場等の違いによる分断が国内外で深刻化する今、異なる価値観を持つ他者と対話する力の育成は緊急に取り組まれるべき課題である。

本研究が設定する「問い」

以上の学術的背景を踏まえ、本研究は、「大学教育において、持続可能でレジリアントな社会を主体的に創造する市民の育成を実現するために、『持続可能性』『レジリアンス』の両概念を軸にした『対話』としてのアクティブ・ラーニングがどのような可能性と課題を示すか」を問う。

2.本研究の目的・学術的独自性・創造性

本研究は、大学における「持続可能性・レジリアンスの概念を軸とした『対話』によるアクティブ・ラーニング」の可能性と課題について、「持続可能でレジリアントな社会を主体的に担う市民を育成する」観点から実証的に検討し、その実践モデルを提示することを目的とする。それにより、大学教育を通じた市民の育成を「持続可能でレジリアントな社会」という現代的課題を乗り越えるビジョンにつなげ、大学のアクティブ・ラーニングを「深い学習」として実現する具体的方策を示すとともに、社会の創造に不可欠な「対話」の力とその教育における可能性と課題を明らかにすることを目指す。


本研究は主に二つの点で独自性・創造性を発揮する。第一に、これまで一貫して持続可能な開発のための教育(ESD)研究に取り組んできた申請者の立場から、「持続可能性」と「レジリアンス」という現代社会の課題を包含する概念への着目を、大学におけるアクティブ・ラーニングを通じた主体的市民の育成へ向けた議論に提起する。主体的市民に必要な力を「持続可能でレジリアントな社会」というビジョンと結びつけて検討し、そのためのアクティブ・ラーニングのあり方を論じることで、従来の大学教育研究に新たな方向性を示す。
第二に、本研究は、国内外の大学教育研究の一部でその重要性は指摘されつつも、実証的研究は未だ少ない「大学教育における『対話』」に焦点を当てる。対話やコミュニケーションに関する他分野の議論や実践を大学教育研究につなげつつ、上記の「持続可能性」「レジリアンス」概念とも結びつけ、「対話」の教育的意義を、実践検討を通じて明らかにすることを目指す。